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写経会【毎月第4土曜日開催】

「ナムナム」

 

 大人が小さな子供に対して、手をあわせて拝むのを促すときに、「ナムナムしようね」というような言い回しをすることがあります。そういわれるとそのお子さんは、手を合わせて姿勢を正します。このときの「ナムナム」の「ナム」意味について今回はお話していきたいと思います。

 

 お経の中で「南無~」と読まれることがあります。その中でもよく聞かれるのは、「南無阿弥陀仏」や日蓮宗の「南無妙法蓮華経」などが多いかと思います。それらをお坊さんが読むのを聞いた方が、子供にもわかりやすくナムナムといったのではないかと思います。

 

 「南無」(なむ)というのは時には(なも)と読み「~に帰依します」という意味があります。帰依というのは仏教以外にも使われる言葉で、「神様や仏様を深く信仰し、その教えに従っていきます。」という意味があります。

 

お釈迦様が仏教を開いた当時、インドではサンスクリット語という言葉が使われていました。その中に「ナモ」という言葉があり、それが現在の「南無~」という言葉のルーツとなっています。サンスクリット語の「ナモ」は、敬意、崇敬などの意味がある言葉です。

 

 それが更に中国に伝わったときに「ナモ」の音の漢字が当てられ、現在の「南無」になります。南に無い、と書くので何か意味があると感じる方もいると思いますが、漢字が持つ意味との関連性はありません。

ですから、「南無阿弥陀仏」といえば、阿弥陀仏は阿弥陀如来という仏さまを表すので、阿弥陀如来に帰依しますという意味になります。浄土教においては、そこから転じてすべてをお任せします、という意味まで含みます。

 

 ちなみに、現在のインドで使われるヒンディー語ではこんにちはというときに「ナマステ」といいます。「ナマス」は「ナム」と同じ敬意を表しており*、ナマステの「テ」はあなたを意味しています。これらを合わせて、あなたに礼をします、という意味でこんにちは=「ナマステ」という言葉になっています。*「ナマス」の方が少し軽い敬意を表します。

 

 小さな子供が仏さまに帰依するのは現実的には難しいものです。年齢によっては、仏さまに挨拶が出来ただけでも良しとすべきです。そう考えると「ナムナム」という言葉は、響きからもなんとなく現在のヒンディー語の挨拶的なニュアンスを連想させます。正式な仏教用語ではありませんが、なかなか良い言葉のような気がしてきます。

 

「ナムナム」

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