写経会資料↓
令和7年11月22日
お坊さんはお肉を食べないって本当ですか?
【精進料理と食のあり方】
「精進料理」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 精進料理と一般的な料理との大きな違いは、肉や魚を使用しないという点にあります。
仏教には、お坊さんが守るべき「戒律」というルールがあります。その中には「殺生(せっしょう)(生き物を殺すこと)をしてはいけない」という教えがあるため、お坊さんは修行(しゅぎょう)の期間、肉や魚を避け、野菜や穀物(こくもつ)を中心とした食生活を送ります。こうした背景から、肉や魚を使わない料理が「精進料理」と呼ばれるようになりました。
【現代のお坊さんと食事】
さて、本題です。私はお坊さんですが、肉を食べます。 私個人の知る限りでは、多くのお坊さんが日常的にお肉やお魚を美味しくいただいています。(もちろん、戒律を厳しく守りながら修行されているお坊さんもいらっしゃいます。)
では、大半のお坊さんはルールを守らない「ダメなお坊さん」なのでしょうか?
ここで、先ほどの「殺生をしてはいけない」という戒律について、もう少し深く考えてみましょう。
【命をいただくということ】
「殺生をしてはいけない」というのは、お坊さんでなくとも守るべき大切なルールです。人間はもちろん、犬や猫などの命を奪うことは許されません。精進料理で牛、豚、鶏、魚などの肉が使われないのは、この教えに基づいています。
しかし、立ち止まって考えてみると、植物もまた命あるものです。植物は枯(か)れたら死んでしまいますが、私たちは生き生きとした野菜を摘み取り、食卓に並(なら)べています。キャベツもトマトも、命を奪われ、私たちの皿に盛られているのです。
このように考えると、私たち人間が何も殺すことなく生きていくことは不可能だということがわかります。
【修行の意味と感謝の心】
お坊さんの修行において、まず肉や魚を断つのは、この事実に気付くための段階の一つです。命の重みに貴賤(きせん)はありませんが、やはり動いている動物の方が、命を奪うという感覚を強く持つことになるでしょう。
このような段階を経て、「自分は他の命をいただかなければ生きていけない」という事実に深く気付きます。その気付きを得た上で、すべての命を平等に、そしてありがたくいただくという考えに基づき、多くのお坊さんは肉や魚を食すのです。
皆さんが食事の前に「いただきます」と言うのは、私たちが生きるために、他の命をいただくことへの感謝の言葉です。仏教では、虫一匹の命も、人間一人の命も、その重みは同じであると考えます。ですから、肉であろうと野菜であろうと、何を食べるにせよ、命をいただくことに感謝しなければならないという点は変わりません。
戒律の真意:「むやみに殺してはいけない」
実は、初めにご紹介した「殺してはいけない」というお坊さんの決まりには、その前に言葉が添えられており、「むやみに殺してはいけない」が正確な教えです。「むやみに」とは、「度を越した」「必要以上の」という意味です。つまり、必要もないのに命を奪ってはいけない、というのが戒律の真意なのです。
他の命をいただくことがまるで悪いことのように感じてしまう人もいるかもしれませんが、そうではありません。地球上の生き物は、皆が食べ、食べられることで、それぞれの命を支え合い、成り立っています。
私たちは人間として生まれた以上、他の命をいただくことから逃れることはできません。だからこそ、いただいた命に心から感謝し、食事を楽しみ、そのエネルギーを使って誰かの役に立てるよう精一杯生きることが、何よりも大切なのです。
